銀輪行路

自転車は僕らのサードプレイス

第九陸軍技術研究所跡、通称登戸研究所 (160618)

 

 

古き良きあの頃。僕らは農作業小屋に勝手に入り込み、拾ってきた大量のエロ本や読み終わった週刊ジャンプ軟式野球ボールとかゴルフボール。竹バットとか木で作ったゴルフクラブやビックリボール、ビー玉をずいぶんと溜め込んだ。そこは放課後の小さな社交場となった。僕らはそれを秘密基地と呼んだ。

 

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秘密基地らしい外観にワクワクするぜ

 

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密秘事軍の刻印が素敵な石井式ろ過装置。たぶん自宅に備え付けの三菱レイヨンクリンスイの祖先

 

僕らはいつの間にか大きくなりそれぞれの道を歩み始めていた。そして僕は本物の秘密基地を訪れた。第九陸軍技術研究所の跡地だ。通称登戸研究所。秘密戦のための兵器・資材、開発のための研究機関で当然一般には秘匿された。

 

秘密戦の事業領域は、防諜(スパイ防止)・諜報(スパイ活動)・謀略(破壊・攪乱工作・暗殺)・宣伝(人心の誘導)から成り立ち国家の外交活動である戦争を水面下から支援する。ガキどもがわくわくするような業務内容だ。

 

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入場は無料、受付でめんどくさそうなアンニュイなお姉さんから、上質なコート紙にフルカラー印刷されたガイドブックを手渡された。よくある取ってつけたようなどうでもいい内容で見終わったらごみ箱直行ではなく、学術的なアプローチでコンパクトにまとめた質の高さに驚いた。家に持ち帰ってじっくり読もう。

 

展示物は、風船爆弾、スパイ小道具、石井式ろ過装置、当時の様子を再現した研究室。光を完全に遮断するよう入口はクランク式に270度旋回する。当然見学者はエクスクルーシブに僕一人、じっくりとその展示物を堪能した。

 

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ガキどもがわくわくする内容が詰まっているに違いない

 

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昭和初期の名著、化学兵器。必読書だ。

 

 

津久井道沿いに帰路についた。夏の青空にはなぜか小田急線が似合う。東急でも京急でもいかんのだ。やっぱ夏は小田急なのだ。と思いながら撮り鉄よろしく小田原行きをカメラに収めた。

 

 

裏ランド坂の登坂をゼイゼイいいながら、いつの間にか俺も小田急電鉄の宣伝戦略に引っかかっているのではないかとの疑義が生じた。秘密戦の奥深さを身をもって感じた。.

 

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風船爆弾。60時間をかけて米本土に到達。シンプルだが、高度な航法制御が必要だ

 

明治大学平和教育登戸研究所資料館

https://www.meiji.ac.jp/noborito/about/index.html

グーグルマップ

https://goo.gl/maps/RSnZBucNyge7jhKi6

 

 

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点線国道青崩峠を強行突破 (150725-27)

 

 

Day 1 - 70.3km 中央構造線 

 

10:20am 夏の空は高く晴れ渡っていた。雪の残る北アルプスから諏訪湖霧ヶ峰蓼科山八ヶ岳までの大パノラマ風景が眼下に広がる。この場所を提供してくれた杖突峠の茶屋に敬意を払う意味もこめコーヒーとパンを注文し、ゆっくりとその景色を心に焼き付けた。

 

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杖突峠からのパノラマ。北アルプスから八ヶ岳まで

 


11:32am 危うく見過ごしそうになった板山露頭についた、確かに素人目にも断層であるとわかるが、単なる崖にしか見えねえ。これが日本を分断する中央構造線と気づいた地質学者はスゲエ、よく分かったもんだ。

 

どうやってその結論に辿り着いたか興味深いところだ。数カ所訪れた他の露頭でも同じ思いをした。

 

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よくこれが中央構造線と気づいたもんだぜ

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涼しい風に稲の香りがオイシイ。思わず止まって深呼吸した

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中央構造線が走る伊那谷を振り返った。ここもいい風が吹いていた

 

04:32pm 日本一美しい村の大鹿村の客室が3つしかない小さな民宿に到着した。予約していることを告げると自転車の方ですね、お待ちしておりました。お風呂も湧いていますよと、チェックインもなにもなくついて5分もしないうちにお風呂でくつろいだ。

 

その後夕食まで、エアコンのいらない部屋であえてテレビもつけず、何年ぶりだろうかと考えながら、タタミの上でゴロゴロするしあわせをかみしめた。

 

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畳でゴロゴロ。窓は開けっ放し。蝉の声と、遠くに青木川の流れる音が聞こえる。日本の正しい夏なのだ

 

 

Day 2 - 56.8km しらびそ峠の彼方へ

 

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安康露頭。こんなちっぽけな場所をよくつないで中央構造線という大断層を見つけられたものだ

 

09:21am 宿を出発して2時間弱、15kmの道のりを600m標高を上げ1314mの地蔵峠にようやくついた。峠の向こうは下りで一息つけると思ったが、眺望もなくたんに坂の途中だった。その後も上り道が続いた。

 

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地蔵峠。本当はまっすぐ突っ切ると下りなのだが急斜面過ぎて道路が作れず点線国道となったまま。左の蛇洞林道を登り続けた

 

11:16am 続いた上り道を時折吹き下ろす冷たい風に元気づけられながら淡々と登りつづけた。1500mを越えるあたりから静寂の領域だ。ゼイゼイ言う自分の呼吸音と、時折遠くにジェット機の音のみが聞こえる。

 

谷の向こうに平行して走る伊那山脈の主稜線が目の高さとおなじになる頃、しらびそ峠1833mへついた。南アルプスの稜線が美しい。そしてここも坂の途中だった。目標としていた地点についた瞬間、その目標は単なる通過点となり過去に流れていく人生の縮図を見た。

 

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11:32am とうとうしらびそ高原着。標高1918m。27kmの道のりを4時間以上かけて1100mの標高を稼いだ。宿でもらったロードマップをみたら車だと所要時間55分だった。じぶんでゼイゼイいいながら登ってきたことに達成感があるのだ。

 

 

01:01pm 杉林を15分くらい歩いて天空の里ビューポイントから大栗の里を望んだ。谷に向かった急斜面の一部をえぐるように家々が立ち並びつづら折りの道路がつながっている。どうしてこの村の人々はこんな不便なところに住むことになったのだろうか少し気になった。平家の落人だろうか。手がかりは得られなかった。

 

 

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日本のチロル、下栗の里。しかしチロルってなんだ?

 

01:55pm 旧木沢小学校の廊下で木造校舎を写真に収めた。昭和7年に建築された校舎に、なにか懐かしさと暖かさを感じた。

 

 

 

07:15pm ランチメニューから選んだ信州みそかつ定食を待っていた。こんな時間なのにランチメニューしかないふしぎな食堂だ。お客さんは村の人々が中心。老若男女たまたま居合わせたようだが、久しぶりね。とか、今日の野球の結果や、村を離れた知り合いの消息と昔話でわいわいがやがやと盛り上がっておりすっかり村の情報交換の場と化していた。

 

カウンターのスミッコでビールを飲みながら話にそば耳を立てていると、しっかり地元に根づき、みんなの顔と名前が一致し、なにげない日常のちょっとした出来事がニュースとして楽しむ小さくしかし密度の濃い地域社会を垣間見た。

 

ちょっぴり羨ましく感じた。そして統計上の人口密度と、心理的な地域社会の関係性の濃度は反比例の関係にあるのだという仮説に思い至った。時間を見つけて論文にまとめておこう。

 

 

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Day 3 - 29.0km 塩の道、青崩峠

 

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ここから青崩峠までは6kmほど。道は荒れチャリを押して歩いた。最後の登山道をなかなか見つけられず、峠まで結局2時間位かかった

 

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沢を越えて登山道を探すも冷静に考えると沢越えの道なんてありえね



 

 

07:25am つづら折りの急登を淡々と上り詰めると稜線の向こうから明るい光が差し込んできた。ついに青崩峠だ。

 

宿を出て3時間、通行止めの柵を乗り越えて進んできた道は、路面は苔むし路肩は崩落し始め一部はがけ崩れのまま沢が出来ており、もう管理はされていないのだろう、道路としての役割を終え自然に戻ろうとしていた。

 

天候や、崩落の状況、沢の水量次第では突破できず敗退せざるを得ない。たまたま天候の良い時期に通りかかり無事これらの難所を突破し、最後の登山道をなかなか見つけられず危ない思いもしたが、とにかく峠越えができたたことに本当に運が良かった。

 

二度と踏むことはないだろう青崩峠遠州側から吹き付ける涼しい風に一息ついた。遠州側の峠道は石畳となっており往時のにぎわいを感じた。

 

 

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ついに青崩峠がみえた。難所だけに、やっとついたという安堵感と充実感が味わい深い

 


09:07am 標高420mの高根城本曲輪から眼下に広がる水窪の町を俯瞰する眺望は最高だ。無骨な櫓や柵などが復元されており優雅なお城というよりも荒くれ者が立てこもる砦といった感じだ。雲ひとつない青空のもと、時間をかけてゆっくりと景色を楽しんだ。

 

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高根城本曲輪。戦闘拠点という無骨な感じだ。でも眺望は平和に最高

 

 

峠で山道でお店で出会う人やサイクリスト達との何気ない挨拶や会話が新鮮だった。なくてもいいのに一言二言何気ない話題を入れ会話を楽しもうとする。慣れない僕は、我ながら正直ぎこちない会話ぶりに、僕はいい笑顔で答えていたのだろうか。ココロのスミッコで少し気になっていた。

 

 

本曲輪から続く遊歩道を少し下ると初老の男性三人組が、草刈りの作業を行っていた。僕は『おはようございます。暑い中お疲れ様です』と精一杯元気よく挨拶をした。彼らは『あんた元気やなぁ。自転車できたの?ガンバッテや』と。僕は『朝っぱらからこんなところで作業しているみなさんも元気ですよ。いやー、良い眺めのいい場所ですね。来て良かったですよ。』と答え、自然に皆でわっはっはっはと笑いあった。

 

 

ちょっと早いが今回の旅をここで終えることにした。達成感と充実感をおみやげとして持って帰るにはいいタイミングだ。麓の向市場駅でのんびりと一時間以上電車をまった。照りつける太陽のもとS時にカーブする単線のレールが陽炎にゆらゆら揺れていた。

 

 

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一時間以上まってようやく現れた飯田線

 

ルート

https://www.strava.com/routes/21833480

 

 

 

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外灘奇譚 (160219)

 

 

政治信条は原始共産主義ポル・ポト派残党のボクは所定の労働ノルマをこなし下班後、地鉄で街に出かけた。あれから随分と時が流れた。かつてほんのすこしの間暮らした街は大きく変貌を遂げていた。

 

 

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記憶の奥底から遠い昔の素朴な日々の断片がセピア色で甦った。

 

 

 

くしゃくしゃの人民元紙幣を路傍のテーブルに無造作に置き、店の少姐に持ってこさせたばかでかい餃子をつまみ青島啤酒の空き瓶を誇らしげにならべ、ふんぞり返って紅双喜をふかし夜通し飲み明かした兪さんとか張さんは元気に暮らしているのだろうか。

 

 

地元のダサいダンスホールに繰り出しナンパしたり。全然引っ掛からんので20元でヤらせてくれる気違い娘がいるというモグリの売春宿を覗いてみたり。

 

 

お釣りに偽札つかまされて落ち込んだり。その偽札を煙草屋のババアにつかませたが、ばれてダッシュで逃げたり。自宅にも招待されボロい家の軒先で上海蟹でもてなしてくれた。もう消息を知る手だてもない。今さらこんなこと思い出してもどうしようもない。

 

 

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ふらふらと向かった旧外国祖界の外灘は、相変わらず絵になる素敵な街並みがライトアップされ家族連れや恋人達で賑わっていた。

 

黄浦江の対岸で寂れた漁村とか倉庫街で殺風景だった浦東新区は今や摩天楼が建ち並び世界有数の金融特区となっていた。その新しい街は拝金主義の雨に濡れ、ギラギラと黄金色に輝きを放っていた。

 

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人民解放軍の室内射撃場がこの辺にあったはずだ

 

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人生は単程票。一回おりたら終わりだぜ

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外灘ストリートビュー

https://goo.gl/maps/67Ex6GYTuk6gxX2K6

 

 

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赤の広場で社会主義の理想を思ふ (151026)

 
同志ラヴィノビッチと再会。いつものように控えめで静かな微笑みとともに握手をかわした。相変わらず眼光は鋭くペレストロイカ以降の混乱期を何とか食いつないできたその意志の強さを感じさせる。
 
 
 
モスクワ市営地下鉄で街の中心部へ向かった。駅構内や車内には商業広告が全くなく機能、実用重視で殺風景だ。首都を走る地下鉄だが20時前の時間帯に余裕で座れ意外と閑散としている。
 
 
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市中心部へ向かうにつれ駅は地下深くそして宮殿のように豪華な装飾が施されており美術館のようだ。一駅一駅異なる意匠を一日かけてまわりじっくりと鑑賞してみるというのも贅沢で面白そうな旅のテーマだ。
 

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地下鉄駅構内というよりも美術館のようだ

 

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ミニマリストな地下鉄



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味わい深い造形の地下鉄駅舎。なぜか懐かしい

 

 

小雨の降る赤の広場は人影もまばらで観光地につきものの土産屋やうるさい客引きは影も形もなく、寒々しくも静かに悠然と訪れる者を迎えてくれる。社会主義陣営の盟主として長年君臨してきた超大国の往時の繁栄が偲ばれた。
 

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国立歴史博物館


 

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聖ワシリイ大聖堂 1560年~

 

ソビエト連邦の崩壊とその後の国際情勢を見てきた僕らだから言えるわけだが、我々の文明の発達段階では社会主義は時期尚早な取り組みだったのだ。

 

学者たちは資本主義が成熟、昇華し社会主義に至るとした。その理想は財産の私有を廃止、また生産手段をも共有。そして得られた富を皆に平等に配分し公平な差別のない平和な社会だ。

 

しかし僕らは煩悩の日々に生き、些細なことに喜びまた苦しむ。達成感や喪失感を味わう。これらを超越したその先にしか平等な世界は拓けないのであろう。

 

実際に超大国の冷戦構造が自然崩壊後、民族主義が台頭し低強度紛争や地域紛争が多発し始め。そしていまだに民族浄化による虐殺が続く世界だ。

 

 

ジョンレノンは今も色褪せることのない音楽史に刻む1971年の傑作ナンバーで歌う

 

「想像してみよう。天国も地獄もない、殺す理由も死ぬ理由もない、国境も宗教もない、所有や強欲そして飢えのないそんな世界を」

 

彼は歴史に残る音楽家として成功し、十分すぎる富や名声を手に入れた。もはや足りないもののほうが少ないだろう。思いつくものすべて手に入れてしまえば、欲しいものはなくなるはずだ。そんな彼にしてようやく到達できる境地なんだろう。共産主義的なメッセージを含むこの曲は多くの政府やラジオ局で放送禁止処分を受けた。

 

 

 

残念な人生をただもがき苦しみ、思い悩んでいるだけの僕には遠い道筋だ。

 

満たされない想いに悩み苦しみ、恵まれた友人や、同僚、成功者に嫉妬し、だけど努力するわけでもなく日々に流されるだけの冴えない僕はロシアの歴史を見つめてきたこの美しい広場で、クレムリンの壁越しに夜空を見上げた。

 

バカな僕にも理解できたことが一つだけあった。

 

 

そこには確かに彼が歌う通り、僕らの上にはだた空があるだけだった。そしてその理想は手の届かないずっと遠いところで光り輝き続けるのだ。

 

 

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ロシアを代表する名門グム百貨店。閑古鳥が鳴く
 

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グム百貨店1893年~ 開店休業状態で少し心配になる

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モスクワの赤の広場、日本でいうと皇居前広場

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シェレメチェボ国際空港ターミナルビル


 

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東秩父の高原林道を快走。林道秩父高原線~奥武蔵グリーンライン Bike 100.38km (170603)

雲ひとつない青空のもと溢れんばかりの光子が車内に充満する早朝の東武東上線にゆられ分厚い原子物理学の入門書を紐解き個人ベースの核開発を継続した。


面倒くさい理論式なんかどうでもいい。

 

早く実験に着手して核クラブの仲間入りしたいぜ。そろそろ行動に移さねば。住友商事非鉄金属部に濃縮ウランが買えないか相談してみよう。

 

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円良田湖でのふな釣り、のんびりしてて羨ましいぜ

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陣見山ヒルクライムちょうどよい負荷のいい峠だった



何がなんだかチンプンカンプンだが、アインシュタイン教授が導き出した核物理学上の重要公式e=mc2で計算すると、たった1グラムの質量がエネルギー変換されるとざっくり原爆一発分の出力が得られる。

 

1945年7月15日人類初の核実験、トリニティ実験での核分裂反応で莫大なエネルギーが放出された。その際に生じた質量欠損、すなわちこの世から消え去った質量はわわずか0.95グラム。

 

熱心なサイクリスト達は飽くなきスピードへの情熱とともに機材の軽量化に取り組む。おおよそ1グラムの軽量化にあたりヨメさんには秘密の官房機密費から一万円の資本投下を行う。

 

一方アメリカ合衆国原子爆弾開発のための国家プロジェクトとして推進されたマンハッタン計画には2.5兆円が投入された。

 

これら二つの事象の相対性を見出した上で、物理学的かつ経済学的な視点から関係式に落とし込み評価手法の開発を試みた。うまくまとめられたら米サイエンス誌に論文を投稿してみよう。

 

 

堂平天文台へ向う山道をふらふら蛇行しゼイゼイいいながらマウンテンバイクを漕ぎ続けた。酸素不足でなかなか考えがまとまらない。気づいてみればお腹ペコペコだ。

 

 

米国スポーツ医学会の提唱する運動処方では俺は一時間当り800キロカロリーを消費する。中性脂肪への質量換算で約110グラム。一分あたり2グラムの中性脂肪が熱エネルギーおよび運動エネルギーへ転換されていく。

 

寄居町で食べてきた「すき家」のまぜのっけ朝食で摂取したエネルギーはとっくに消費し体内に蓄えられた脂肪が燃焼されつづけている。一分あたり2グラム。


確かにサイクリングはダイエットに効果的でワンライドで数キロは体重が減る。そのほとんどは水分で汗や呼気から大気中に発散されているだけだがそれ以外でも確実に体重が減っていく。

 

よく考えてみると質量保存の法則が成り立っていない。どこへいっちまったんだ?グラムあたり原爆一発分のエネルギーはいずこへ。

 

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秩父高原牧場


堂平山頂の芝生広場で仰向けになって寝転びおにぎりを頬張った。こんなに空を見上げたのは何年ぶりだろう。

 

一億五千万キロ彼方の核融合エネルギーがちょうどいい温度で降り注いでいる。

 

難しいことなんてどうても良くなってきた。物事を考えすぎないことも大切だ。

 

すこし眠くなってきた。心地よい乾燥した風にふかれしばらくぼーっと転がっていた。

 

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堂平天文台875m

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天文岩、どうやってこんなところにあるんだ?


標準エナジーパックでビンコヒューエル。キットカットは溶けたからM&Mへ変更する。

 

秩父高原牧場

https://www.pref.saitama.lg.jp/kogen-bokujo/

 

ルート

https://www.strava.com/routes/21696609

 

堂平天文台

https://www.town.tokigawa.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=11574

 

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自転車天国能登半島1泊2日ツーリング - なぎさドライブウェイ~奥能登絶景街道 253.1km (180429-30)

Day1

 

ゴツい四駆で乗りつけ波打ちぎわギリギリに停める。ディレクターズチェアを2、3脚海に向かって並べてみると即席の俺様プライベートビーチの一丁上がりだ。なんだか羨ましいぜ。

 

俺は千里浜なぎさドライブウェイを起点に起伏に富む能登金剛の海岸線沿いにチャリで輪島を目指した。

 

成功裏に終わった南北首脳会談を受けデタントムード広がる日本海沿岸に初夏の日差しが降り注いでいた。

 

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キュっと締まりの良い砂浜だがソフトな乗り心地

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不審船や工作員の姿のない平和な1日だった

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機具岩と呼ばれる夫婦岩。由緒書き書くのめんどくさいからラブラブロックスと名付けて嫁にメッセージを送っておいた

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車のCMに使える地中海風海岸線だ。起伏がありチャリには辛いが行ってよかった

 

半島という地形的要因で幹線道路はなく、10tダンプやトレーラーの姿もない自転車乗りにとっては平和な里山里海コースだ。僕は観光地を満喫しながらのんびりと自転車を進めた。

 

ルートDay1(千里浜なぎさドライブウェイ~輪島)

https://www.strava.com/routes/21760346

 

じゃらんで予約しておいた最安値の素泊まりの民宿に17時前に投宿した。ゴールデンウィークの書き入れ時にたったの4100円。ホント助かる。

 

 

一番風呂に入りサッパリしウェアも洗濯し明日の出発の準備を整え一息ついた。そして夕食へ出かけるが大した店もなくラーメン屋でサクッと腹ごしらえ。

 

コンビニでビールを買って宅飲みしリラックスしながら今日のライドを振り返り早々に床についた。サイクリストの宿はこんなもんで十分だ。十分な睡眠と休養が取れればそれでいい。

 

 

 

Day2

 

夜明け前の暗いうちから宿を発ち奥能登を目指した。狙った通り白米千枚田に日の出前に到着。

 

熱心な写真家達がすでに陣取っており思い思いのベストショットを狙っていた。僕も美しい朝を堪能し、スマホのカメラに収めた。

 

そして涼しいうちに距離を稼いでおこうと先を急いだ。交通量はほぼなくサイクリスト天国だ。

 

信号もなく高速クルージングが可能なお陰で思ったより早く最果ての地、禄剛崎を踏んだ。

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千枚田。案内書きによると1004枚ある。写真家が結構いた。田植え前のこの時期が絵的には一番の季節だ

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あとは鉄道駅のある穴水町まで富山湾沿いに内浦と呼ばれる海岸線を行くだけだ。

 

名勝軍艦島を過ぎるとほぼ見所はなくなり集落をつなぐ小路を淡々と自転車を進めた。

 

往来はなく過ぎ行く集落を観察しているうちに気がついた。人影はほとんどなくいても腰の折れ曲がった老人ばかりだ。

 

そしてやたら空き家が多い。障子が破れ、窓が割れていたり、内部が植物で生い茂っていたり、酷いのになると家屋が崩落しかかっている。

 

私は割れ窓理論を思い出した。これらの集落では自らの住むところをより住みよい場所にしたいという想いは無いのだろうか。地方らしい地縁に基づいたコミュニティの形成はどうなっているのだろうか。心の隅に引っかかるものがあった。

 

私は無事に穴水駅まで140kmの道のりをこなした。旅支度を整え一両編成、無電化単線ののと鉄道に乗り込みひと息ついた。

 

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石川県指定天然記念物および名勝軍艦島富山湾越しに立山連峰が見えた

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恋路海岸。700年前のロミオ&ジュリエット。助三郎と鍋乃の恋バナ。二人の恋はやっぱり悲劇に終わる。それなのに縁結びのパワースポット指定は如何なものかと思ったが、どっちみち俺にはカンケーないのでどっちでもいいや

 

私はスマートフォンを取り出し、能登の過疎化について調べてみた。

 

能登半島最先端の珠洲市の空き家率は20%、5件に1件が空き家だ。そして高齢化率はなんと5割だ。2人に1人が年金生活者。なるほどこれでは日々の暮らしにカツカツで周りに気を配る余裕はないだろう。

 

周りの自治体も似たようなもんだ。消滅可能性のある人口問題において全国の10年先を問う地域問題ということだ。

 

悲しいことだが生まれ育った土地をすて市街地へ移住するしか無いのだろう。とはいえそう簡単に実行できないのが人間だ。縁もゆかりもない私がたまたま通り過ぎ際に思いつきの無責任な言葉だ。実際はあと1、2世代後、自然消滅してゆくのが現実なのだろう。

 

遠い異国での傍観者としての見聞でなく我が国で起こっている自分の問題として現実を突きつけられた気がして戸惑いを覚えた。

 

列車が金沢に近づくにつれ混み合ってきた。日々忌み嫌っている人混みだ。でもなぜだかホッとした。

 

旅に出かけ非日常から日常を見返す。これが実は旅に出ないとなかなか難しいことだし、普段気にもかけないことに気づくという旅の効能だ。新たな発見をした。

 

ルートDay2(奥能登絶景街道~穴水駅)

https://www.strava.com/routes/21760429

 

見どころ

 

いしかわ里山里海サイクリングルート

http://www.pref.ishikawa.jp/michi/cycling/cycling-web/cycling.html

 

ぐるなび【日本唯一】千里浜なぎさドライブウェイで砂浜を爽快ドライブ!

https://gurutabi.gnavi.co.jp/a/a_1918/

 

能登国一宮気多大社

https://keta.jp/

 

ほっと石川旅ネット - 能登金剛

https://www.hot-ishikawa.jp/spot/6100

 

白米千枚田

http://senmaida.wajima-kankou.jp/

 

能登岬みちづくり協議会 - 奥能登絶景街道

https://zekkei.szoo.biz/

 

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憧れの街東京で自転車チェーンの寿命について考察する Bike 21.2km

連休最終日、朝から雨がぱらつく。天気予報はお昼まで冴えない見通し。退屈な日になりそうだ。ダラダラと過ごした午後3時過ぎ意を決してチェーンゲージとホーザンの六角レンチをポケットに自転車であてもなく出撃した。ま、とりあえず多摩サイを流そう。たまたま多摩水道橋で信号が赤になり津久井道を渡る機会を得た。僕は何も考えずにとりあえず渡った。その先は、東京都禁漁区。いつか功成り名遂げ本籍を移したい僕の憧れの街だ。

 

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ココロの本籍地、東京都禁漁区

 

 

僕は憧れの街でおもむろにポケットからチェーンゲージを取り出し伸びを測定し始めた。自転車の劣化はズバリ言い切るとふたつ。減るか緩むかのどちらかだ。この真理を見出すのに工学博士号はいらない。 

 

変速機付きの自転車用のブッシュレスチェーンとは?

 

自転車でクランクからの動力を伝えるためのチェーンで、変速機付きの自転車チェーンはブッシュレスチェーンが多い。ブッシュとは円筒形状で、軸や筒状の部材にはめ込み隙間を埋めたり緩衝に使用される機構部品だ。用途により金属、プラスチック、ゴムなどがその素材だ。ブッシュはいわゆる滑りベアリング。潤滑剤が抜けにくいため摩耗が少なく、長寿命が期待できる。しかしながら横方向の遊びが少ないため変速ギアには適さない。ブッシュレスチェーンは、内プレートをプレス加工する時に、ブッシュの半分を一体成型してしまう。内プレートを2枚合わせることによりブッシュを形成する。そのため横方向の柔軟性が若干高く変速ギアに適しているというわけだ。部品が少なくなることにより軽量化、コストダウンという利点がある。しかし潤滑剤が抜けやすく定期的な差し油が必要になる。

 

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ブッシュレスチェーンの構造

 

ブッシュレスチェーンの構造

上記写真はチェーンの一コマを分解したものだ。外プレート2枚、内プレート2枚、ローラー2個、ピン2個で構成される。

 

チェーンが伸びる?とは

チェーンは鋼鉄で出来ている。磁石にくっつく。具体的な合金の配合比は企業秘密で非公開だ。引張強度についても公開されていないが、日本工業規格から類推すると8000N以上、すなわち800kgf以上。簡単にいうと、800kgの軽自動車を吊り下げられる強度だ。チェーンはギア部で屈曲する。その際にピンとブッシュ部が摺動する。すなわちこすれるのだ。そして少しずつ摩耗していく。チェーンオイルが黒くなる理由は、摩耗した金属による汚れでもある。摩耗するとガタが大きくなり、結果としてチェーンが伸びるということなのだ。

 

 

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ギヤ上でチェーンは屈曲する。その際、ピンとブッシュ部が摺動し摩耗する

 

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チェーンの摩耗箇所

 

チェーンを取り替えて一年半強、今年だけで5千キロ近く走った。通常言われる寿命は5千キロ、そろそろ寿命のはずだ。完全主義者の僕は予防保全という考え方から壊れる前に寿命がきそうならサッサと新しい部品に交換してしまうタイプだ。バイクハンド製のチェーンゲージをあてがってみる。最初は基本の0.75%の伸び測定。余裕でクリア。問題なし。

 

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ゲージがチェーンにくっつかなければモーマンタイ

ホッとしたような、僕の貧脚を改めて思い知るような複雑な気持ちだ。ま、ともかく僕のチャリはモーマンタイと安心して帰路についた。去りゆく季節を懐かしむように雨上がりの多摩サイは、チャリダー・ランナー・歩行者でごった返していた。僕はチェーンを大切にゆっくりと自転車を漕ぎ続けた。

 

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名門ホーザン製の六角レンチセットと、バイクハンドのチェーンゲージをポケットに出かけた

 

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二ヶ領堰の魚道、今日は水量豊かに遡上を防ぐ

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小田急と釣り人とチャリ

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道は荒れているが確かに続いている

 

 

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