銀輪日報

We believe life is better with bikes.

SBB CFF FFS (170613)

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19世紀末、黄昏の清朝は欧米列強との不平等条約による半植民地化に苦しんでいた。圧倒的に不利な交渉条件下、慈禧太后すなわち西太后は『外政に携わるものは周囲からの誹謗中傷を覚悟しなければならない』と部下にハッパをかけた。百数十年後、僕はその言葉を自分に言い聞かせ自らを鼓舞した

 

村々を行商しメードインジャパンを買って給れと土下座外交を繰り広げた。予約しておいた特急列車が突然運休、ハンブルグ中央駅の13番ホームで途方にくれた。極東から時空を越え異文明間における通商の尖兵として望んだ職業とはいえ若干いろいろダルくなってきた。割りが合わない。そしてこの手の商売の原動力として一番必要な好奇心が枯渇し始めている

ツヴァイクラセ?」ドイツの片田舎のボブリンゲン駅の切符売り場のオヤジは連呼する。意味が全く分かんねえ。アタマの中に持ちうる教養と知識に高速インデックススキャンをかけた。J2ツエーゲン金沢の名前の由来を思い出した。そうかこいつは2等車でいいんだろ?と言いたいわけか。ビンゴ。ドイツ人にしては珍しく英語が通じない冴えないオヤジにヤーと適当に答えてみたら無事に2等車の切符が購入できた

 

田舎のイモオヤジだけど接客業だけあって人を見る目はあるんだなぁと感心しているうちに僕みたいな下等生物は1等車なんか乗れるわけないからそう聞いてきたことに気づいた。こちらはジャパニーズビジネスマンよろしくオフホワイトのシャツに赤いネクタイとダークスーツをゲルマン民族に肩を並べる長身にまといビシッとキメているのだが舐められたもんだ。抗鬱剤が必要だ

 

「ここへは旅行それとも仕事?」バーゼルマンハイム行のスイス連邦鉄道の6人掛けの個室で偶然居合わせたその妙齢の娘さんは、必死にノートパソコンに向かっている僕に聞いてきた。見りゃ分かんだろ?と一瞬毒づきかけたが、にこやかに微笑むこの娘さんは気を使って話しかけてくれたことを悟った。冷静に考えると見知らぬ娘さんが冴えない僕に話しかけてくれる機会などゼロだ。僕はこの人生最後のチャンスで出来る限り会話を継続させ彼女のことを知ってみようと決めた。アタマフル回転させて慎重に会話を組み立てた。途切れがちの話題をなんとか繋げていった

 

エミリというエチオピア系ドイツ人の娘さんは社会人3年目いっぱしの建築家だ。物価がバカ高いバーゼルでの暮らしはカツカツだが、近隣諸国からの移民で人口が増加しているスイスでの建築需要は高く彼女の仕事も繁盛している。建築制限が多く高額で狭い土地に如何に快適で魅力的な住空間を設計するかというのが腕の見せどころ。行ったことはないけど日本の著名建築家の作品も大いに勉強になる。結果が何十年も残るから遣り甲斐がある仕事とても気に入っている。今日は2週間の休みを取って生まれ育ったフランクフルトに住む両親に会いに行くの。エチオピアの親戚のところにも何回か行った。物質的な豊かさは劣るが、のんびりと楽しげで素敵なところ。どっちが幸せなんだろう。是非遊びに行ってみて、きっと気にいるわ。

 

僕は極力聴き手に回った。黒人とこんなに話ししたのは始めてだ。不自然に見つめすぎないように気をつけながら注意深く観察してみて見るとストレートの長い髪に目鼻立ちもはっきりしたやさしい小顔でなかなか綺麗だ。乗り換えの時間が近づいてきた。身支度を整え席を立った。僕は「どうもありがとう。楽しい時間を過ごせたよ。道中気を付けて、またね」と丁寧にお礼を述べた。彼女は「わたしも。ありがとう。ボンボヤージュ」と素敵な笑顔で答えてくれた

 

快晴のバーデンの空は初夏の陽気だ。乾いた風が心地いい。誰もいないプラットホームの端に立ち、乗り継ぎの在来線Sバーンを待ちながらまだ行ったことのないアフリカに想いを馳せた